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コウノトリ湿地ネットブログ - moriさんのエントリ

1月16日(土曜日)、各地で今年一番の冷え込みとなり
通勤途中は吹雪で視界が悪く
「やっとこさ」で管理棟に着くと、お正月以来の大雪です。

朝の日課を終え、除雪機を出して雪かきをしようとエンジンを掛けていると
復建調査設計株式会社の若宮課長さんと竹下さんが来られ
雪かきを手伝ってくださいました。



 除雪機のエンジン音で二人に気づかない私を脅かさないように
そっと声を掛けてくださる優しさに感激



吹雪のなか、みんなで力を合わせ
鼻水をすすりながらの2時間の除雪作業。
これで、午後からの学習会に来られる方の駐車スペースが出来て一安心です。

15時より 東京大学大学院農業生命科学研究所の西廣淳先生をお迎えし
『外来種をやっつける方法を教えてもらいます会』を開催しました。



『=湿地保全と外来植物管理=戸島湿地でのキシュウスズメノヒエ対策に向けて 』
と題して下記のとおり講演をしてくださいました。


 
1.「明るい湿地」が形成される仕組み。
  (明るい湿地とは、樹木が密集していないところで、コウノトリが好む湿地)

  樹木や高茎草が密生しない湿地が減
  少している(気候的に遷移が進みやすい)
  明るい湿地が成立するための条件
   ↓
  ストレス(貧栄養、冠水、水質等)、撹乱(河川、動物による食害、ヒトによる火入れ等)
  ※日本の場合にはヒトによる撹乱が大きな明るい湿地維持の要因であった
   (ヒトが関与していた)。
 
2.低平地の湿地の特徴
  河川による「堆積」が特徴
  環境の組み合わせが多様(様々な場がモザイク状に分布)
   ↓
  撹乱からの回復状態が異なる状態が空間的に多様に分布
  人間活動の影響を強く受ける(火入れにより維持されていた)
 
3.湿地の生物を脅かす要因の空間的規模
  当該湿地の空間スケールに見合った対策を講じる必要がある
  (局所的スケール⇔広域的スケール)
   ↓
  外来種対策も局所的には効果的である。
 
4.種の特徴、生態と防除
  キシュウスズメノヒエよりもチクゴスズメノヒエの方が厄介である。
  キシュウの方が環境への適応性が強い。
  水際にマコモやヨシが多い
  晩春(九州では5月末)から初夏が防除時期に適している
  (新しい茎は小さく萌芽率が低い)
  水に沈めると死滅する(酸素が少ない冠水する土中等)
   ↓
  酸素不足に弱い。
 
5.抑制手段(可能性)
  動物に食べさせる(具体例:ウシ、シカ等)
  ヨシ、マコモ等の生育場を設ける
  (これらが繁茂し過ぎたら、火入れ等で管理する)
  空間的に多様な場をつくり出す。
 
《質疑応答》
Ø シカが食べるのか?
・・・栄養価としては高いようである。
Ø 冬にカモが食べないか?
・・・野生動物は外来のものを利用しない傾向がある。
                できれば家畜が良いのではないか。
Ø 根絶はできるのか?
・・・何年も生育しない状況が維持できればそこでは根絶できるであろうが、
  また周りから侵入してくる可能性がある。
Ø ヨシやマコモばかりにするとコウノトリが利用できない湿地となってしまう。
・・・ヨシやマコモは魚の生息場となっており、
  その周辺に湿地があればそこを餌場として利用できるであろう。
Ø 小さな新しい芽が出始める頃が効果的な駆除時期である。
Ø 浸水による2週間程度必要であろう(時期はいつでも良い)
Ø シートで覆ってしまい日照不足にさせるのも有効であるかも。
Ø 徹底的に駆除する場所と自然のまま放置しておく場所を配置する。
Ø 一旦ヨシやマコモが繁茂してしまった場合、
そこを再び明るい湿地に戻すためには代掻き等の労力が必要となる。
Ø 1?2節のときに刈り取ると効果的、3節以上になるとそこからまた芽が出てくる。
Ø 区画の位置づけを決めて管理する。
Ø ヤナギ等の高木の下(木陰)は、光合成に必要な波長が吸収されているので、
植物にとっては厳しい環境である。



西廣先生は、
「生き物の保全に必要な調査や保全のための活動は楽しいものです。
この楽しみを研究者だけのものにせず
同じような目的をもつ方々と共有していきたいと考えています。
また保全や再生の活動は、大掛かりな機械をつかった工事よりも、
大勢の手作業で実施すると大きな効果が得られる場合がよくあります。
そこで、研究者の立場から提案できる協働プロジェクトとして、
市民・研究者協働による生物多様性調査や保全活動を進めたいと思います」と、
ホームページで述べられているとおりの活動をしていらっしゃると思いました。

 私は、以前から湿地内に木を植えたらどうだろう・・・と思っていましたので
先生が, 「ヤナギ等の高木の下(木陰)は、光合成に必要な波長が吸収されているので、
植物にとっては厳しい環境である」と言われたことに、はっとしました。
人間の目から見れば、木陰は・・・
植物にとっては光合成は木の上で奪われているので、
下草は育ちにくくなるとのこと。
そこには自然に生きものが集まってくるのでしょう。
 
自然の摂理を教えていただきいた、貴重な時間となりました。

 

1月14日午前
千葉県印西市より
印西市環境経済部環境保全課
課長さんはじめ、3名の方がお越しくださいました。

印西市は、市の財産である里山、谷津田、湧水、水辺などの自然環境を長期的、
総合的な視野で保全・活用を図っていくというまちづくりを進めておられます。

大正6年(1917年)に発行された内田清之助の「鳥類講話」の中に、
明治17年(1884年)に手賀沼で採集されたトキの写真が掲載されているそうです。
近くの手賀沼には、明治時代にコウノトリもいたとのことで
かつて
印西市周辺は、
トキもコウノトリも生息する、調和のとれた自然環境でした。

南関東では、『コウノトリ・トキをシンボルとした地域づくり』を目指し
そのなかの
印西市では、
『里地里山にコウノトリ・トキが棲む北総(印旛沼・手賀沼)』を目標に
将来に向けてコウノトリの放鳥を願っておられ、
豊岡市
へ視察に来られました。



大雪の朝9時
コウノトリ共生課の係長さんの案内で管理棟に入って来られ
まだ寒い館内で、湿地の説明をさせていただき
豊岡での取り組みの経過などを資料をもとにお話して
印西市の方からはコウノトリや農業・自然再生についての質問があり、
お昼まで話は尽きませんでした。

穏やかなお人柄の課長さんは終始真剣に、佐竹代表の話を聞かれ
時々、苦笑されたり
忙しくメモをとられたり・・・
コウノトリを地域に迎えたいという、熱い想いが伝わってきました。
近隣の地域と連携され、豊岡とは一味違った、
『コウノトリと人が共生するまちづくり』が、きっと出来るに違いないと思いました。

佐竹代表はいつものごとく熱心に、コウノトリへの想いや活動について話されていて
途中からお話に入らせていただいた私の耳に
「役所は、市民が幸せになったらいい」という言葉が留まり
(コウノトリで環境がよくなって、健康になるなど)
「放鳥しても、定着しないことがあるかも知れないが、
印西市
をこうしたいという願いがあれば
コウノトリが助けてくれることがあり、一気に進んでいくこともある」との発言は
説得力があり、気がつけば、「うん、うん」と頷いていました。

千葉県知事の森田健作さん
印西市の市長さんと
ぜひ、豊岡へお越しください。
そして、コウノトリ郷公園の園長さんと対談してくださらいかしら。

『コウノトリ』で青春を!
市民の心に、春を    


印西市の方とお話をさせていただき、
コウノトリ野生復帰は、種の保存としての科学的な取り組みをふまえたうえで
地域との関わりも重要となり、担えるところが明らかになってきていると思いました。

 兵庫県は、コウノトリを科学的に守り

 印西市は、コウノトリを迎えることで広域的な地域を守る。
 
 放鳥コウノトリの二世の飛来先倉敷市では、
 ひとりの熱意がひとりへ伝わり・・・行政へ届いている。

 野生のコウノトリ『エヒメ』や、放鳥コウノトリ二世の飛来先西予市では
 人工巣塔が建てられ、定着と繁殖を待ち望んでおられる。

 豊岡市は、放鳥コウノトリを地域で守り
 二世の飛来先と連携し守っていく。

コウノトリを地域に迎えたいとの願いは、
今の世の『光』ではないでしょうか。



 
 

田結地区でのコウノトリを受け入れる動きは、
鳥の観察→餌場(湿地)づくり→放棄田の見直し→共有資源化へと広がり、
深化しているように感じます。
 
 外部からの関心とともに訪れる人が増えてくると、すぐ経済的な話題になるのが通常ですが、
この地区では最初から「お金儲けはしなくてもいい」との雰囲気が漂っていました。
おそらく、全ての水田が耕作されなくなった今日では、これから圃場整備し、
機械を購入して稲作農業を復活させることは不可能と誰しもが思われていること、
かといって、生きものを増やしたところでそれが経済の対象になるとは考えられないこと、
そして何より、
来訪者の増加とともにお金が動きだすとこれまでの村の良い面が崩れていくのではないかとの
危惧が強かったと思います。
最も大きな関心事は、自分たちが代々営んできた生業、共同体意識、伝統文化、しきたり、人情、そして自然を、外部の人、それも社会一般がレベルが高いと認める行政の長や
最高学府の学者たちからどのような評価を受けるか、でした。
結果、この3年間において、それはものの見事に最高点の賛辞を贈られ続けたのです。
これらの賛辞が、地域の人々の勇気と自信を回復させたことは間違いありません。
 
 今年からの取り組みが、いよいよ佳境に入って来るのでしょう。
稲作という生業がなくなった代わりに住民の日役(共同作業)で行うといっても限界がありますし、
外部人間のボランティアというのもたかがしれています。
何らかのお金(収入)は、やはり必要です。
具体的になればなるほど、意見の対立や利害の衝突があるかもしれません。
世代のつながりも課題です。
そして、いくらスーパースターといっても、
コウノトリのインパクトも慣れるに伴って色あせてくるかも。
 
 これから、様々な場で村のあり方が論じられるでしょう。
そのとき、(私たちもその議論に加わるとしたら)私自身は、
みんなでつくった畦の写真を根っこに置いて話し合いたいと思います。


 個人の土地境界を取っ払ってつくられた畦。
手作業で盛られただけの簡易なものですが、将来に向かっての「どっしりとした日本の新たな秩序」の始まりのような感覚を覚えるのです。
 「具体的に説明しろ」と言われても明確にはできないので、
「コモンズ(Commons)」の概念を参考にしてみましょう。

 以下は、続きで。



 

1月9日(日曜日)
朝から湿地の淡水域南側で採餌をしていた戸島ペアは
下島田んぼあたりへ移動し
お昼前から1時間ばかり仲良く巣塔にいました。
風の強い日でしたが、風上に向かい2羽で寄り添い立っています。 



14時30分に 淡水域南でJ0294J0391が採餌しているのを見つけ
コウノトリ郷公園の西公開ケージに行かないことを確認して
1450分、汽水域に作られた池にワカサギ1キロを入れました。
私がまだ仕切り堤防まで戻らないまでに、2羽で池へ行き食べ尽くしました。



食べたあとも2羽で仲良く仕切り堤防に上がり、しばらく佇んでいましたが
1630分に、 J0294は下島田んぼ方向へ飛んで行き
1715分には J0391も飛び去っていました。
強風であったため、巣塔でのねぐら入りはやめて
下島の田んぼへ行ってしまったのでしょうか?



ハチゴロウの戸島湿地では、25日?30日まで淡水域の工事をしました。
その際、強制排水をしたことにより
生きものが少なくなっているであろうことや、
鳥インフルエンザ予防のため、西公開ケージでの給餌がおこなわれないなどから
12月30日からコウノトリの様子を見ながら、給餌をはじめています。
1月8日はJ0391が食べ、9日、10日は2羽(J0294とJ0391)で食べました。

給餌については、いろいろな意見があり
餌がなくなるこの季節、そしてまた繁殖期に入るこの季節になると
給餌についての話し合いをします。
私はこの頃になると・・・いつも考え込んでしまいます。
心の中の『?』が治まらないのです。

そこで、この場をお借りして
私の『?』を整理してみます。

はじめは、「お腹がすいているのだろう・・・」「生きていてほしい」から
「繁殖してほしい」「ヒナを巣立たせてやりたい」
そして、「ここにいてほしい」という願いを胸に給餌をしていました。

次に、「自然環境が整っていないのだから、それを補うため」と
(コウノトリが近隣のヘビなどを食べ尽くさないためなどですが、科学的なデータはありません)
「繁殖期に限り、ヒナの分を」と足りない分を補うための給餌と、自分なりに納得していました。
(観察しているくらいで、データはないのですが・・・)
「将来は、体力をつけて、大陸へ渡らせてやりたい」とも思ったり。
(給餌に頼っている個体にできるの?)

『願い』は・・・つきません。

「願いを叶えるために給餌をするの?」
そのことが、コウノトリにとっていいことなのだろうか。

「自然界のリズムに合わせて、もっとゆっくりでもいいのでは?」
と、いうことは?
「コウノトリの今のお腹を満たすことも大切だけれど・・・
5年後、10年後のコウノトリのことを考えてみることも・・・」
それじゃぁ、どうするの?
「・・・ ・・・ ・・・」

今、
私は、指定管理者として
コウノトリ湿地ネットの会員として
この手で給餌をしています。

『?』 を抱えながらも
出来るだけいい常態の餌を、無駄にしないように与え
周りの環境に、迷惑をかけないように気を配ることも大切にしたいと思っています。

我が代表は
「給餌は是か非かの議論など、まさにコウノトリへの愛情からでているのです」と
『つぶやき』で、述べられていますが・・・

『愛』にも、いろいろありまして・・・・覚悟をきめて・・・

 すきなところへ飛んでいき
 すきなところで暮らしてほしい   

それが、豊岡なら・・・うれしいんだけど。

コウノトリに選ばれる努力をしないとね。


 

2008年5月から始まった田結地区放棄田での水辺づくりは、ささやかなものでした。
 最初に思いついたのは、「水を溜めよう」でした。
放棄田は、どこでも乾燥化し、草地になり、やがてブッシュ化して山林化してしまいます。
「コウノトリが舞い降り続けるには、餌となる水辺の生きものを増やさねば」との思いから、
荒れた個所の水漏れを防ぐために、数人で畦を補強し、簡単な池をつくってみました。


〈 さーて、どこから・・・〉


〈 まず、水漏れ・・・〉

〈 小さな池を・・・・〉
 
 この程度なら、奥地でもあるし、地区の人も一緒だし、
土地所有者の了解はいらないだろうと・・・。
けれどもやはり気になるので、以後は区長と事前に相談してから取り掛かるようにしました。
相談の都度、区長さんからは「大丈夫、問題なし。
土砂の流出を防ぐのだから」との回答です。
地元地区の理解があり、好意的なことが、
活動するにはとっても重要です。
「ありがたいな」と、このときはそれくらいの認識だったのです。
 
 湛水化して湿地再生する活動は、徐々に地区内に周知されることとなり、
役員(9人)さんたちもスコップや草刈機を持って一緒に作業されるようになりました。
 2009年からは、兵庫県や日本経団連自然保護基金から助成も受けたので、
大々的な作業となってきました。7月には住民総参加で行われたのです。
行なったのは、入り組んでいた元の棚田に板柵で直線の畦を設けて水を溜めるというものです。

 
〈板柵を設置して〉

〈土を盛ります〉

〈 畦と湿地が・・〉
 
 さすがにここまで来ると、
地権者の方たちは誰かが文句を言うだろう、との思いが頭をかすめます。
土地の境界線であった畦が崩れてなくなり分からなくなっているとはいえ、
自分の土地(元水田)に大勢の他人が入り、個人の境界を無視して湿地を造成するのですから。
私「ほんとに大丈夫?」役員「大丈夫!」
 私の中では、もう「ありがたい」を通り越して「なんだかすごいことになったな」と。
でも、こちらからはことさらにそのことを強調して発言することは控えていました。
よそ者が軽々に言うべきではないと思ったからです。
 
 2010年の作業は、外部からの応援者も参加して、
総勢70名という大がかりなものになってきました。
それに伴い、私も少しずつ、言葉に注意しながら、発言や文書で公言しだしました。
曰く、「コウノトリが舞い降り、新たな光を投げかけてくれたこの谷を、
地域の人々は個人個人の財産ではなく、
地域全体の共有財産(資源)として捉え直そうとされている」と。
 それって、かつての「入会(いりあい)」のようなものになるのでしょうか?
 
 以下は、続きで。