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コウノトリ湿地ネットブログ - 代表のつぶやきカテゴリのエントリ

野外のコウノトリを見ていた後の帰り道、
後ろ髪を引かれるような気持ちになったことがありませんか? 
どうも、彼(彼女)がこの後どうなのか心配になるのです。
「居ても立ってもいられない」とまではいかなくとも、
心の隅で気にかかって仕方ないようになれば、
あなたはきっちりと「コウノトリ病」にかかってしまいました。
 
 私も経験があります。
2002年の2月に安来市で、
豊岡に飛来してくる前のハチゴロウを同僚と一緒に見ていたときのことです。
2時間以上探し回って、やっと見つけた彼は水路で餌を探していました。
そこには餌生物がいないらしく、田んぼに移動しました。
しかし、そこにも生きものは見つからないようです。
少し離れた所にはコハクチョウの集団が居て、
仲間とキャピキャピ言いながらおいしそうに餌を食べています。
コウノトリはと言うと、一人(羽)さみしく餌を探し、ポツンと立ってはあたりを見回しています。
やがて日が暮れ、暗闇になる直前に河川の中に移動していきました。
私たちは、もう帰らねばなりません。
「真冬の川で、魚が捕れるのかしら?」
「ひょっとすると、今日はほとんど食べていないのかも」帰路に就く心の中は…。
 
そう、人間を「気になって仕方ない」ようにしてしまう原因は2つです。
1つは、コウノトリ自身から発せられます。
単独で行動するので1羽でいるのはあたりまえ、と言ってしまえばそうなのですが、
それに加えて、餌を捕るのに、あのどんくさいこと。
コウノトリが醸し出す孤独感と採餌の仕草、そして白と黒のコントラストが美しく凛々しいあの風貌。
弱さと強さと美しさをゴチャ混ぜに持っているが故に(人間なら「人間臭さ」と言うのかな?)
多くの人々を引き付けるのでしょうし、「いじらしい」気持ちにさせるのです。
 2つ目は、コウノトリは動物食で大食漢なのに、
これまでの環境破壊によって彼(彼女)のお腹を満たすだけの餌生物が
そこにいないことを観察者が知っているからです。
 
 気になって仕方なくなれば、次にとるべき行動は決まっています。
コウノトリを見続けること、餌生物のことを考えることです。
そして次には…。
 次の、さらにその次の行動へと必然的に進んでしまうのが、
「コウノトリ病」と単なるバードウオッチャーの違いです。
コウノトリ湿地ネットは、病にかかった者の集団です。


 
市役所でコウノトリ保護・まちづくりを担当していた頃、
市内の小学校から寄付の申し出が度々ありました。
そのお金のほとんどは、子どもたちが「コウノトリの餌代に」と、小遣いを貯めたものです。
正月明けには、
「自分たちはお年玉をもらったので、コウノトリにもお年玉をあげようと、その一部を出し合ってきた」
というのもありました。
児童会の役員が、
学校の玄関に立って寄付を募ったのだそうです。
 市では、もちろんありがたく頂戴し、飼育用の餌代は事業費として県から支出されていたので、
代わりにみんなに分かるような、たとえば普及啓発用の備品などを購入したものでした。
 
 毎年、数校から子どもたちの寄付が寄せられるうちに、
少しずつ、子どもからお金をもらうことに何か少し違和感を感じるようになってきました。
子どもたちは、「コウノトリのために」と、純粋な気持ちで集め、持参してくれているのですが・・・。
 
 ある日、五荘小学校から、
やはり子どもたちが寄付金を持参するので受け取ってほしい、との連絡がありました。
聞くと、今度は少し違うようです。子どもたちが廃品のアルミ缶を集め、
業者に売却した収益だそうです。
私はうれしくなって、「みんなが環境を良くしようと廃品を回収し、
働いて得たお金は尊いね」との感想を述べたことを覚えています。
本当は、「自分がゴミを捨てない、竹ぼうきで掃除する、
雑巾で拭くことも一生懸命にやること」ということも加えたかったけど、
みんなが真剣な顔で持って来てくれたので言いませんでした。
 
 「コウノトリのために」何か役に立つことをしたい。
今、自分たちに何ができるんだろう? 
子どもたちが一生懸命に考え、行動している姿に接することは、
とっても楽しいし、たくましく感じます。
飼育コウノトリが初めて繁殖して間もない頃、
餌代への寄付は「ともかくコウノトリに餌を十分に食べさせてやりたい」という
子どもたちの純粋な発想が出発点でした。
その後は、
環境を良くするために行動する
      ↓
田んぼに関心を持つ
      ↓
生きものを調査する
      ↓
自分たちでコメ作りにチャレンジする
      ↓
地域の環境や暮らしに目を向ける、
というように発展し、かつ様々な方向に広がっています。
 
 子どもの思考・行動パターンは、実は大人の私たちも全く同じです。
「給餌は是か非か」の議論など、まさにコウノトリへの愛情からでているのですから。
         
 

 
地区役員の一人・磯崎茂さんは、重機使いの達人です。
11月14日の日曜日、
昨年に続いて谷の奥・カヤノで小規模池の造成作業を行いました。



今年も兵庫県立大の三橋弘宗先生に立ち会ってもらいました。
谷入口付近での畦の設置などは、スコップを用いた人海戦術が基本ですが、
ここではユンボが主人公です。
湧水がありそうな箇所を見つけ、あるいは水が流れている側、
山際などに次々と穴を掘ってもらいます。
もちろん、設計図なんてありません。
あらかじめ、「ここに穴を掘ればアカガエルが産卵するだろう」と睨んでいた個所を、
磯崎さんに重機で掘ってもらうのです。
 地面を指差して、「ここをお願い」「この辺をこんな風に」 指示は、ほとんどゼスチャーです。
それを彼はうなずくだけ。
 
     
                                                  「段差の下側に池を掘る」

それだけで、こちらの意を100%汲んだ池があっという間に出来上がります。
仕上がり具合に誰も文句ありません。
(これは当たり前で、誰も(三橋先生さえも)イメージに描いているだけで、
この形状が正しいとの確信はないですからね。だから自然再生は面白いんだ) 
新たに掘られた池は12。おそらく来年2月には昨年の池同様に卵塊で一杯になるでしょう。

                                  ※三橋先生、顔が欠けててゴメンナサイ。
 
 しかし、ここでは生物ではなくて磯崎さんの「技術」を重視したいと思います。
重機を操る様は、まるでハンドルが体の一部のように見えました。
だから、こちらとのやりとりが会話のようにスムーズにいくのでしょう。
横で見ている者は、一様に「あれは、頭で考えてできるものではないな。
判断する以前に手が動くのだろう」などと、無責任発言しながら称賛していました。
 

                                     「予定外の河川改良工事も速攻・完成」

 磯崎さんが重機に乗って 日本中に行けば、各地の生きものが喜ぶんだろうな。
 


 
谷の入り口から西光寺を左に見ながら200mほど歩くと、谷は2つに分かれます。
この分岐点の左(北)にあるのが写真の畑跡です。今は耕作されていませんが、
シカ柵が張られていますので、最近まで野菜を作られていたことがうかがえます。


 
山の斜面を利用して段々畑が作られているのですが、
ていねいに築かれた石垣の綺麗さは天下一品です。
「耕作できる面積はわずかなのに」「こんなに苦労して石を積み上げるなんて」 
外部の人間からは、つい収穫量に比して過剰投資ではないかと思ってしまいます。
でも、これが田結地区に生きる人の普通の術なのでしょう。
細長い谷の両側には急峻な山が迫っています。しかも石がゴロゴロ転がっているので、
とても良好な農地にはなりそうにありません。
そんな劣悪土地に人力で石垣を築き、わずかばかりの耕地をつくり、農業を営んでいく。
黙々、黙々とクワをふるい、水を運び、肥をやって作物を育てられていたのでしょう。
そして、その横には小屋が建てられ、お地蔵さまが祭られています。
 
私には、この一画を見るたびに、
この地の人々の自然(土地)に対する態度が分かるような気がするのです。
それは、「共生」というのでもなく、「自然に抱かれる」ともちがう。
「つつましく、礼儀正しい」と表現するのがしっくりくる。
つまり、この谷での人々の労働は、
「自然への作法」のようなものによって成り立っていると感じられるのです。
 
11月15日の夜、地区の人々に対してコウノトリ野生復帰の話をする会があったのですが、
終わった後、榎本副区長からマツバガニをごちそうになりました。
「話をしてくれたお礼に、海の幸を食べてくれ」と、
地区役員を含めた10数名にふるまわれる姿は、
(こう言うと、氏は照れて否定されるでしょうが)男気だけでは言い表せない、
「大きな自然の中での作法」が脈々と貫かれているように思ったものでした。


 
2008年4月、前月末で市役所を退職し、
自由時間をたっぷり手にした私に2つの「事件」が発生しました。
1つは、待っていたかのように4日目に父が倒れ、緊急入院したこと。
神様が、放蕩息子に「看病」という親孝行の手法を時間と一緒に与えてくれたかのようでした。
 もうひとつが田結地区の谷の発見です。
「田結にコウノトリが舞い降りた」との報に接した私は、
28日の午後、荒川秀夫さんと一緒に村の入り口でじっと待ち、
1羽が飛来するや興奮気味で谷に駆けつけました。
そして谷を少し入った所で発見。
コウノトリは私たちを見ると、嫌がるように奥に飛んでいきます。
飛び方が低空飛行なのが気になります。「もう奥に平地はないだろうに」
 狭い谷筋を歩いて追いかけると、何と広く明るい平野部が忽然と現れてきました。
元水田地帯で、コウノトリはそこで餌を探していました。
谷の中央部までは何度か来たことがあったのですが、
奥にこんなところがあったとは全く知りませんでした。
三方の山は低く、耕作が放棄された水田跡はまるで手入れされたように
丈の低い草がきれいに生え揃っています。
湿地状態になっている個所やカモが泳いでいる池もあります。
空気は凛として静寂です。2人が声をそろえて発したのは、「桃源郷だ」との言葉でした。
中央に道路が走っているのですが、私には、東山魁夷さんの絵画、「道」そのものに思えました。
 もし、勤務を続けていれば、コウノトリを追いかける時間はなかったかもしれません。
仮に休日に追いかけたとしても、これほどに感動的だったかは疑問です。
 
 
自分が感動すれば、そのことを誰かに伝えたくて仕方ありません。
コウノトリ湿地ネットの仲間、市役所のコウノトリ共生課、市長、東京のラムサール関係者、
東大の鷲谷先生、県立大の三橋先生・・・。
未だ現場に来た誰かが?を発せられたことはありません。
最初に感じた魅力は直感的で科学的ではありませんが、
誰もが本能的に「本物」のにおいをかぎ取ったのでしょう。
 
 では、本物の正体とは?
これから少しずつつぶやいていきますわ。