先日、タイからのお客さん(Teeさん)を市内案内しました。
例によって私のおはこの場所を回り、いつものように「ねっ、いいでしょ?」と自慢顔だったのでが、
2カ所では風景が変わってしまっており、ショックでした。
1カ所は、下鉢山地区の南を流れる穴見川両岸の河畔林がばっさり切られたこと。
治水に支障ありで、仕方ないのでしょうが…。
もう1カ所は、来日山山頂です。
北に少し行った所に展望台があり、
その周囲にはブナの大木や紅葉が見事なナナカマド群があったのですが、
そこもばっさり切られていました。
ここは電線の支障になったのでしょうが、伐採範囲をこんなにも広げなくても…と
思ったものでした。
そういえば、先日は京町の京極家庭園の借景の一部であったケヤキの大木が
数本無造作に切られているのに出くわし、これもとても悲しい思いにさせられました。
以前、テレビでの放映を思い出したことがあります。
フィンランドでは、建築材等のために木を伐採する際には、
数年前から「その木を切ること」を熟考した上で、
簡単な儀式を行って木の霊を中から出した後に伐採するとのことでした。
アニミズムとまではいかないのでしょうが、
現在のヨーロッパで、人々があたりまえの感覚として、
1本1本の木に精霊が宿っていると考えられていることに感動してしまいました。
(木だけでなく、クマを狩猟した後もクマの霊を天に帰したり、
果実を採集しても自然の恵みをしっかりと意識する様子もありました)
フィンランドの国民が日常生活を謙虚に過ごしていることは、
私たちも多いに学ぶ必要がありそうです。
少なくとも数十年以上の年数が経った木ならば、せめて少しは木のことを思う時間をとり、
いとも簡単に切ることは避けたいものです。
野上地区・金毘羅神社境内のコブシ(郷土記念物)は、
幹にしめ縄が飾られて大事に守られていました。
今後、年数が経つにつれて重厚感が増し、人々から畏敬の念で見られるのでしょう。
(写真は全て今年の4月10日撮影)
出石町長砂地区のコブシも地区の人々によって大切に守られています。
この木も、次の世代、その次の世代、その次の…と、
ずっと変わらず地区の真ん中で居続けてほしいと思います。
(もともとコブシは山裾に生えるもので、常に開発の危機にさらされる宿命をもっていました)
(ちなみに、山の中腹に生えているのも通常コブシと呼ばれていますが、
タムシバという種です。下の写真は小坂地区)
今、豊岡市では景観条例の策定に向けて検討中とか。
景観を構成している木たちの「いのち」も重要な要素になるような、
そんな条例を期待しています。