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コウノトリ湿地ネットブログ - 豊岡の重鎮2人が亡くなる。

豊岡の重鎮2人が亡くなる。

 1月17日に岡崎正名氏(91歳)が、翌18日には岡博司氏(93歳)が、相次いで亡くなられました。
 
岡崎さんは、長く教育界の重鎮として活躍された方です。私にとっては豊岡市教育委員会時代に職場を共にさせてもらいましたし、近畿大学校友会の大先輩でもありました。
 品格があり、温厚な方でした。
 葬儀の時、思い出の写真を紹介された際に、戦時中は仲曽根元総理の上官だったことが記されていました。
 生前、普通ならポロっと自慢話として出そうなものですが、公務時でも私的なときでも、飲み会の場でも、そんな話は一度も聞いたことがありません。
 「先生らしいなあ」と思ったものでした。
 
 岡さんも同様に品格と温厚を兼ね備えた方でした。
 氏は、パタパタ12号でも書いたとおり、戦後のコウノトリ保護のきっかけをつくられた方です。
 昭和27年頃、当時豊岡市教育委員会の総務課長をされていた氏は、
自宅裏山で営巣していたコウノトリをずっと見守っておられました。
 当時の行政や住民の意識と言えば、農業振興を妨げる害鳥であり、
鶴見物は勤労意欲をなくす悪しき娯楽と捉えられていました。
 行政関係者は、
コウノトリを保護することは農民から被害補償を請求されることになると敬遠していたのです。
 そんな中で、岡さんは都会から来られた研究者を案内し、
大阪での保護検討会議にも出席し、行政の上部機関等へ積極的に情報を出されていました。
そして、それらの行動が東京の山階芳麿博士に届くこととなり、
戦後の保護活動が動き出したのです。
 
 もし、岡さんがコウノトリに関心を寄せられなかったら・・・、
もし他の行政関係者と同じような視点で捉えられていたら・・・、
もし積極的には行動されなかったとしたら・・・。
今日の「コウノトリ」はなかったかもしれません。
 私もコウノトリの仕事に携わるようになって、何度か自宅を訪問していろいろと教えてもらいました。
「ワシが持っとっても仕方がないので、アンタが持っておいてくれ」と、資料をいただいたこともあります。
 昨年の電話で、河谷での営巣数を再確認したのが最後の会話でした。
そのときも、誠心誠意、懸命に記憶を引き出していただきました。
 
 岡崎さん、岡さん、本当にありがとうございました。

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コメント一覧

Re: 豊岡の重鎮2人が亡くなる。
akym   投稿日時 2011-1-23 18:56
お二人のご冥福をお祈り致します。
岡さんはパタパタ最新号をお読みなって、ご自身の事績を新たになさったと存じます。(再送)
Re: 豊岡の重鎮2人が亡くなる。
akym   投稿日時 2011-1-23 18:54
って、ご自身の事績を新たになさったと存じています。